「そうか…。ともかく、ご苦労だった」
 捕えた野盗達を引き連れて、サユリとマイは黒色槍騎兵シュワルツ・ランツェンレイターの本部へと戻った。
 そして二人は捕えた野盗を他の兵士に預け、その足で大隊長室へ出頭した。そこでサユリは再びここに戻って来るまでの経緯の一部始終を、ビッテンフェルトに話したのだった。
「ところで、ビッテンフェルトさん。サユリの書状は無事兄の元にお届けになられたでしょうか?」
 話題を変え、サユリは自分の書状を兄の元に届けたかどうかビッテンフェルトに訊ねた。
「うむ。その事に関してだが、実はローエングラム侯の力を借りずに済みそうになった」
「はぇ?それはどういうことでしょう?」
「サユリ様の書状は一度部下に預け、ファルスを経由でハイネセンへ赴き、そこから海路でローエングラムの地へ向かうよう命じた。
 その部下がファルスに着いた時、偶然サユリ様の捜索をしていたキルヒアイスというローエングラム侯の部下に出会ってな。何でもキルヒアイス殿はマリーンドルフ家と深い繋がりのある者で、ファルスの裏にトリューニヒトがいるならば自分のようにマリーンドルフ家と深いのある者に一声かければ、その者達は喜んでスタンレーの味方をしてくれるだろうとの話だった。
「それでジーク様は今どこに!?」
「今、別室で関係者に渡す書状を書いている所だが…」
 ビッテンフェルトの話によると、サユリが野盗の捕縛に向かった話を聞いたキルヒアイスは、急いでサユリの後を追おうとした。しかし、それはサユリ自身の策でありマイが同行していることを伝えられると、キルヒアイスは二人を信じ、自分はマリーンドルフ家と深いのある者に渡す書状を書くことにしたという。
「失礼します。マリーンドルフ家と親密な関係の者達に渡す書状を書き終えましたので、お渡しに参りました」
 その時、扉の向こうからキルヒアイスの声が聞こえた。
「ジーク様!」
 キルヒアイスの声が聞こえるや否や、サユリは思わず声をあげた。
「ジーク…」
 サユリとは対照的に、キルヒアイスの姿を見たマイの心中は複雑だった。
 自分がマスカレイドを盗まれたのは、キルヒアイスに対する想いのせいだ。その想いのせいだと思ったからこそ、ハイネセンに赴いた時会わす顔がないからとキルヒアイスの元を訪ねなかった。
 そうやって顔を合わせることを拒んでいたキルヒアイスが今自分の目の前にいる。その突然の邂逅に、マイの心は整理がついていなかった。
「サユリ様…ご無事でしたか…」
 部屋の中からサユリの声が聞こえると、一刻も早くサユリの安否を確かめたいという気持ちに駆られたキルヒアイスは、ビッテンフェルトの返事を待たずに部屋の中へ入って行った。
「ジーク様〜!」
「バサバサッ」
 久々に見たキルヒアイスの変わらぬ優しい顔に、サユリは感情の赴くままにキルヒアイスに抱き付いた。その純真な勢いに、キルヒアイスの持っていた書状は辺りに散らばった。
「ジーク様!サユリは、サユリはずっとジーク様にお会いすることを切に願っておりました…」
 久々に感じた懐かしい温もり。愛する者に抱き付く心地良さに、サユリは一瞬時間が止まるように我を忘れ、懐かしい温もりに身を任せた。
「でも、ジーク様がここにいらっしゃるということは、今アユ様はお一人で…」
「ええ…。アユ様にサユリ様を探しになって下さいと仰られ、その命に従いサユリ様を探しておりました。
 ですが、こうしてサユリ様の無事がご確認出来たのですから、私は再びアユ様の元に帰らねばなりません」
「ええ、戻って下さい。サユリなら大丈夫です。サユリにはマイが付いていますから…」
 自分が窮地に陥った時はいつも助けに駆け付けてくれるキルヒアイス。それに嬉しさを感じると同時に、サユリは少なからず痛みを感じていた。
 ジーク様が自分を助けに来ることは、同時にアユ様に寂しい思いをさせることになる…。そうサユリはアユに少なからず申し訳なさを感じていた。だからこそ、サユリはキルヒアイスにアユの元へもどって欲しいと心から願ったのであった。
「そうですね。マイ様、以後もサユリ様のことを宜しくお願い致します」
 自分に代わってマスカレイドを所持する資格を得たマイ様は、利き腕が使い物にならない今の自分より遥かにサユリ様のお役に立てる。
 そのマイに対する強い信頼感があったからこそ、キルヒアイスはマイにサユリのすべてを任せられたのであった。
「…サユリ…ジーク…」
 サユリとキルヒアイスが自分を頼りにしているのは嬉しい限りだ。そう思うマイであったが、その心中は複雑であった。
 キルヒアイスと邂逅した瞬間は心の整理のつかないマイであったが、一つだけ決心が着いていたことがあった。それはサユリにはキルヒアイスに連れられ新無憂宮ノイエ・サンスーシーに戻ってもらい、自分は再び一人でマスカレイドを取り戻す旅を続けるという決意であった。
 しかしサユリもキルヒアイスも自分に厚い信頼感を寄せている。二人の厚い信頼を得ているからこそ、マイは苦悩するのであった。
「そのお顔は何かお悩みのご様子ですね。そういえば、私にサユリ様捜索の命を伝えに来たミュラー将軍の話ですと、もしサユリ様を捜索する最中マイ様にお会いすることがあれば、すぐにでも新無憂宮ノイエ・サンスーシーに帰還するように伝えて欲しいとラインハルト様が申していたと…」
「ジーク、それはどういうこと!?」
 自分にマスカレイドを取り戻すように命じたラインハルト自らの帰還の命令。その意外な命令に、マイはキルヒアイスに訊ね返した。
「はい。これはブラウンシュヴァイクにサユリ様がさらわれた折、その救出に携わった柳也様がラインハルト様に具申為さった話です」
「あの時の詩人様…。柳也というお名前なのですね」
「はい。何でも柳也様は神王教団と思わしき者共が聖王遺物を運び、ハイネセン行きの船に乗るのを見かけた為に、サユリ様が捕われの身になっていた洞窟に捕まっていたということです」
「どういうこと、ジーク…?もしやブラウンシュヴァイクは神王教団と手を…」
「はい。その可能性が高いと思ったからこそ、マイ様お一人のお力でマスカレイドを奪還為さるのは荷が重いとラインハルト様はご判断為さったのでしょう」
 キルヒアイスの言に、マイだけでなくサユリも言葉を失った。何故ならば、ブラウンシュヴァイクと神王教団が手を結んでいたとしたら、すべてはあの嵐の夜から始まったことになるからだ。
「分かった…。これから私はサユリと共に新無憂宮ノイエ・サンスーシーに戻る…。それでいいよね、サユリ?」
「ええ。お兄様がそう仰られたのなら、サユリはマイと一緒に新無憂宮ノイエ・サンスーシーに戻るわ」
「オホン…。話が盛り上がっている所申し訳ないが、早く俺の所に書状を持って来てくれぬか」
 三人の会話に口を挟めないでいたビッテンフェルトは、一連の会話に区切りが着いたのを見計らい口を挟んだ。
「これは申し訳ありませんでした…。部屋に勝手に入ったばかりか、書状まで撒き散らしてしまいまして…」
 軽率な行動に出たことをキルヒアイスは謝罪し、気を取り直して書状を拾い集めビッテンフェルトの元へ届けた。
「ふむ。聞きなれぬ名もあるが、多くはこの地方でそれなりに名を馳せている富豪や商人か…。これならば確かにローエングラム侯の力を借りずとも兵力の補充は叶いそうだな。
 ご苦労だった、キルヒアイス殿」
「いえ、本来ならば私自らが協力したい所ですが、今はマリーンドルフ家のご子息のお側に仕える身分故、協力することが叶いません」
「いやいや、これだけの書状を書いただけで充分過ぎる協力だ。後は我々で対処する。キルヒアイス殿はマリーンドルフ家のご子息の面倒を良く見て下され」
「あり難きお言葉。では私はこれで。サユリ様、マイ様」
「はい、ジーク様。ではサユリとマイもこれで。色々とどうもありがとうございました」
 キルヒアイスが深々と礼をしたのに続き、サユリとマイも感謝とお別れの意味を込めてビッテンフェルトにお辞儀をした。
「うむ。お二方にも色々と世話になった。もしそなた等に何かあった時は、今度は我々が協力致そう」
「ありがとうございます。でも、ファルス件もありますし、今は言葉だけ受け取っておきますわね」
 去り際、サユリは再びお辞儀をし、ビッテンフェルトの元から去った。
 そして新無憂宮ノイエ・サンスーシーに戻る決心をしたサユリとマイは、ハイネセンからミュルス行きの船に乗る為、キルヒアイスと共にハイネセンへ向かって行ったのだった。



SaGa20−「聖王の街ランス」


 聖王の街ランス。嘗て聖王の領地でもあり故郷でもあったことからそう呼ばれている。聖王縁の地であるこの街は古くから聖王を慕う人々が集い、様々な産業が営まれている。また、街の西方には聖王の墓にあたる聖王廟があり、街の一大観光名所となっている。
「ええと、コーネフ会長に貰った地図によるとこの辺りだな」
 カオリ達が到着するまでの間徒に時を過ごすのはもったいないと思ったユウイチは、コーネフに教えてもらったある人物を訪ね、一人ランスの町中を散策していた。
 また、ランスまで共に来たナユキは、配達の報酬をユウイチの代わりにもらい受ける為にフェザーンへ戻って行った。
「んと、多分この家だな」
 地図に記載された家を発見したユウイチは、徐にその家の玄関をノックした。
「んに?ミチルのおうちになにか用?」
 玄関をノックすると、家の中から10歳前後の少女が姿を現した。
「あの、この家に天文学者のゼッフル氏のご子息が住んでいるって聞いて訪ねたんだけど、お嬢ちゃんじゃ分からないか」
「んに〜。なんだそのミチルをバカにしたたいどは〜。みちるにだってそれくらいわかるぞ〜」
「ああ、ごめんごめん。子供に聞いたって分からないんじゃないかって思って」
「ミチル、お客さん…?」
 玄関先で大声を出しているミチルの声に反応してか、2階から美しい黒髪の少女が降りて来た。
「この家の方ですか。この家に天文学者のゼッフル氏のご子息が住んでいるって聞いて訪ねて来たんですけど、あなた方はそのご子息でしょうか?」
「ええ…。天文学者のカール=ゼッフルなら私達の父ですが…」
「間違いないですね。いえ、この街にマリーンドルフ家と親しかったゼッフル氏の家族が移り住んでいるという話を聞いたものでして」
「そうでしたか…。立話も何ですし、中でお茶でもいかがです…?」
「ミナギ〜。こんなぶれいものを家に入れるひつようなんかないぞ〜」
 横でミチルが騒ぎ始めたが、そのミチルをなだめながらミナギはユウイチを家の中へと案内した。



「はい。どうぞ…」
「どうも。申し遅れましたが、私はこういうものです」
 ヨハンネス家の居間に案内されお茶を出されると、その代りと言わんばかりにユウイチはミナギに名刺を差し出した。
「ネオ・マリーンドルフ商会会長補佐、ユウイチ=ウィロック…」
「はい。この度亡きフランツ氏のご子息を会長とし、マリーンドルフ商会の再興を目指し新たに立ち上がった商会です。貴方方のお父上はフランツ氏と深い交友関係があったと聞き、新商会設立のご挨拶をと思って伺った次第です」
「そうですか…。見た所私と同じ位ですが、なかなか頑張っていらっしゃいますね……」
「いえいえ。それよりも恐縮ですが貴方方のお父上とフランツ氏の関係を詳しくお話して頂けないでしょうか?いえ商会を任されて間もなく、お二人がどのようなお関係にあったのか存じないので…」
「構いませんよ…」
 申し訳なさそうに語るユウイチに笑顔で頷き、ミナギは自分の父とフランツの関係を語った。
 ミナギ等の父カール=ゼッフルはハイネセンの高名な天文学者であったという。優れた天文の知識を持ち、十五年前の死食を研究により予言したという話だった。
「父の予言は世界中に波紋を広げ、ある者は恐怖に怯え、ある者はペテン師だと父を罵りました…」
 そんな中フランツはゼッフルの予言を冷静な態度で支持し、様々な対策を練ったという。
「伝説によれば死食はその年に生まれたあらゆる生物に例外なく死をもたらすと言われています。父からその話を聞いたフランツ氏が一番懸念したのは死食による食糧不足です…。
 例えば私達が主食としている麦は一年草です。つまり死食が起きればその年の麦の生産高は実質ゼロとなる…。他にも特に農作物は決定的な打撃を受け、死食でその年の赤ちゃんが亡くなるだけではなく、食糧不足による二次災害が起きると…。
 その対策としてフランツ氏は死食に備え、商会と縁の深い農家に農作物の生産の向上を命じました……。
 そして父の予言通り死食は起き、それによる食糧不足も起きました。ですがフランツ氏が対策を練っていたことにより、ハイネセンでは死食による餓死者は発生しなかったと言われています……」
 そして餓死者が出なかったのはゼッフルが死食を予言してくれたお陰だとフランツは語り、予言の功績を称えてゼッフルに多大なる援助を行ったという。
「そして天体観察を続けていた中、父はある事に気付きました…」
「ある事?」
「はい…。死食の前と後の星の位置にズレが生じていることに気付いたのです…」



「星の位置にズレ…?」
「はい…。そのズレの原因を解明する為に父は古い書物を読み漁りました。そして恐ろしいことを知ったのです……。
 星のズレはアビスゲートの力によってもたらせるもの…。即ち星のズレはアビスゲートの復活を表わすと……」
「アビスゲートの復活…!?」
 ミナギの話はユウイチには信じ難いことであった。アビスゲートの話は聞いたことがある。しかしそれは伝説や神話の話で、そんなものは存在しないと思っていたからであった。
「古い文献によれば、アビスゲートは4つ…。ビューネイのゲートはローエングラムのタフターン山…、アナウスのゲートは南方のジャングル…、フォルネウスのゲートは西大洋…、そしてアラケスのゲートはハイネセンの魔王殿に……」
「ローエングラムのタフターン山に、ハイネセンの魔王殿か……」
 南方のジャングルと西大洋はともかく、残りの二つはユウイチにとって馴染みのある場所だった。タフターン山は故郷のシノンから見える山であリ、魔王殿に至っては今ではハイネセンの観光名所の一つで、ユウイチも幼い頃何度か中を見たことがあった。
 そんな場所にアビスゲートがあるのか…。ユウイチは伝説が一気に身近なものになった気分だった。
「父はその研究結果を世に広めました。死食を予言した天文学者の言分なら世の皆も真摯に受け止める筈…。父はそう思って自分の研究結果を世に広めました…。
 ですが、世の中は父の期待を裏切りました…。アビスゲート、そして四魔貴族の脅威を怖れる余り、人々は恐怖により我を忘れるのを怖れ、父の研究は人心を乱す許されざる研究だと主張しました……。
 ですが、父はそんな世間の目を気にせず世の為だと研究を続け、またフランツ氏も援助を続けておりました…。
 ですが、フランツ氏が亡くなったことにより父は立場を危ぶまれ、トリューニヒトの粛清により火あぶりの刑に処せられました……。
 残された母や私は聖王ゆかりの地であるこのランスへと移住しました…。そして数年前母も亡くなり、今は私と妹のミチルだけしか家族はおりません……」
「そうでしたか……」
 ミナギの話に、ユウイチは心の痛みを覚えた。マリーンドルフ家の没落で辛い日々を送っているのはアユだけじゃない。この姉妹もまたアユのように辛い日々を送っているのだ。それに他にももっともっと辛い日々を送っている人がいるかもしれない。
 アユに元の生活を与えたい。その理由だけでネオ・マリーンドルフ商会を立ち上げたけど、問題はそんな単純じゃない…。もっと多くの人々に幸福を与えなくちゃならないんだ…。
 ユウイチは自分の認識の甘さを恥じ、己に課せられた使命がより重いものであることを悟った。
「色々と話を聞かせてくれてありがとうございます。では私はこれで…」
「お待ち下さい…」
「?」
 帰ろうとするユウイチを制し、ミナギは一度席を外した。
「お待たせしました…」
 再び戻って来たミナギの手には財布が握られていた。そしてミナギは財布の中からカードを取り出し、ユウイチに渡した。
「これはコーネフ商会のキャッシュカード…」
「はい…。フランツ氏に援助して頂いたお金が納められています…。以前はマリーンドルフ商会関係の銀行に預けていたのですが、商会がなくなってからはコーネフ商会の銀行に預けていたので……」
「成程。でも、どうしてこれを?」
「宜しければ、ネオ・マリーンドルフ商会の運営金として使って欲しいと思いまして…」
「えっ、気持ちはありがたいのですが、こんなもの受け取る訳には…」
「いえ、マリーンドルフ家の再興は私の願いでもあります…。その為に私もそれなりにご協力したいと思いまして…。それに設立したばかりで資金灘でしょうし……」
 ミナギの言う通り、今のネオ・マリーンドルフ商会の資金は微々たるものだった。コーネフ会長からの報酬とフェザーンの運輸業者からの報酬、それらを合わせても10万オーラムにも満たない。確かに今は少しでも資金が欲しい状況だった。
「分かりました…。これはあり難くお受け取り致します。でもその代わり条件があります」
「条件…?」
「貴方のお父上の研究成果を本にし、我が商会で出版したいと思います。このお金はその出版費用として使わせてもらいます。
 自分自身アビスゲートのことは未だに事実とは受け止められない…。けど、それが本当だったら何も知らずにいるのは一番危険だ。だから貴方のお父上の研究成果を本にして、世界中の人々に伝えたい!」
「はい…。宜しくお願い致します。そうすれば父も浮かばれるでしょうから…。ただ、父の研究論文は今すぐ製本が可能な状態には整理されていないので、暫く時間を頂けないでしょうか…?研究論文が整理出来たなら、ユウイチさんの元へ届けに行きますので……」
「分かりました。では再びミナギさんとお会いできるのを楽しみにしております」
「はい…。それと堅苦しく敬語を使う必要はないですよ…。年も同じ位なんですし…」
「ははっ、確かに…。最近取引の連続で、どうも敬語が板に付いちゃってな…。
 んじゃあ、ミナギさん。また今度!」



「さてと…。早くハイネセンへ戻らなくちゃならない所だけど、カオリ達を待たなくちゃならないしな…」
 ゼッフル家を後にし、ユウイチはカオリ達の到着を待つ為に、拠点としている酒場へと戻って行った。
「おい!そこにいるのはユウイチじゃないか!」
「ん?この声は…」
 町中を歩いていると聞き覚えのある声が聞こえ、ユウイチは声の方向を向いた。
「ジュン!それにユキトさん…」
 声の方向を向いてユウイチは驚いた。何故ならばそこには新無憂宮ノイエ・サンスーシーにいる筈のジュンがあのユキトと共に自分の目の前にいたからだ。
「どうしてジュンがこんな所にいるんだ。ひょっとしてプリンセスガードを解任させられたのか?」
「いや、それだったらまだマシだったぜ…。実はな……」
「…そうか…そんな事が…」
 ジュンのランスに至るまでの経緯を聞き、ユウイチはいかにジュンが苦難の道を歩んで来たか理解した。
「それでユウイチの方は何でランスにいるんだ?」
「ああ、俺の方は…」
 ジュンの言葉に返答する様に、ユウイチもまた自分がランスに至るまでの経緯を語った。
「何だって!?シオリが野盗に拉致られて、カオリがその後を追った!?」
「ああ、それで俺はその二人の到着するのを…って、ジュン、どこへ行くんだ!」
 ユウイチの話を最後まで聞かず、ジュンは急いでどこかへ向かおうとした。そのジュンを静止する為、ユウイチは声をかけた。
「決まってんだろ!今からカオリの後を追いかけるんだよ!カオリ一人に任せて置けるか!!」
「やめるんだ。そんなことしたって二人に出会える確率は少ないんだぞ!お前の気持ちは分かるが、今はここで二人が来るのを待ってるのが確実なんだ」
「けどっ…!」
「フッ」
 ユウイチとジュンが激しく討論している中、今まで二人の話を聞いていたユキトが軽い笑みを浮かべた。
「結構なことじゃないか、ジュン。カオリを守りたいって思うんなら、後を追いかけてやれ。大切な人を守りたいっていう気持ちは大切だ」
「おお、話が分かるじゃねえか、ユキト」
「けど、ユキトさん…」
「ユウイチ、お前にはハイネセンで待っている女がいるんだろ?だったら、シオリとカオリのことはジュンに任せて、お前はそのアユの元に帰るんだな」
「そういうことだ、ユウイチ。シオリとカオリは俺に任せておけ!
 じゃ、縁があったらまたどこかで再会しようぜ、ユウイチ、ユキト」
 こうしてジュンはユウイチとユキトに軽く手を振り、カオリの後を追う為二人の前を後にしたのだった。
「まったく、ジュンの奴…」
「あれでいいんだ…。守りたい大切な人がいて守り切れなかった時程、後悔の念にかられることはないからな…」
「ユキトさん…」
 そのユキトの台詞から、ユウイチは嘗てユキトが大切な人を守り切れなかったことを悟った。それが誰かであるかは問い質そうとはしなかったが、ユウイチはユキトの言いたいことが手に取る様に理解出来た。
 それを踏まえると、もしかしたなら自分の取った行動よりジュンの行動の方が正しいんじゃないかとユウイチは思った。
 もし本当に二人のことが心配なら、ジュンのように後先考えずに二人の後を追う筈だ。カオリの意見に従いシオリを追わず取引を優先させたのも、本を正せばアユの為だ。
 一見自分は冷静を装っているが、その実は二人の安否よりもアユのことが心配なのだと、ユウイチは痛感した。
「これだけは覚えておけ、ユウイチ。自分を大切だと想っている人がいて、自分もまたその人を大切だと想っているなら、なるべくその人の側にいるようにしろ。それがお前にとっても大切な人にとっても一番幸福なことなんだから」
「分かりました、ユキトさん。俺はこれからアユの所へ戻ります」
 ユキトの言葉に、ユウイチはシオリとカオリのことをジュンに任せ、自分はアユの元へ戻るという決心を固めた。
「じゃあ、ユキトさん。機会があればまたどこかでお会いしましょう」
 ユウイチはユキトに軽く礼をし、ユキトの元を立ち去った。
 こうしてユウイチは、アユのいるハイネセンへと帰還して行った。
「ああ、それでいい。守ってやるんだぞ、そのアユって女を」
 ユウイチが完全に自分の視界から消えると、ユキトもまた足を動かし始めた。
 そうだそれでいいんだ、ジュンにユウイチ…。そして俺も必ず見つけて見せる!嘗て自分が守り切れなかったミスズと再び巡り会い、そして今度こそ守り切る為に!
 そうユキトは深く心に誓ったのだった。


…To Be Continued


※後書き

 連載開始から13ヶ月近くが経ち、ようやく構想の3分の1程度書き上げたという感じです。このペースですと、完結まであと2年はかかりますね…(苦笑)。
 さて、前々から言っていた美凪がようやく出て来ました。原作のヨハンネスは天文学者で「AIR」での美凪は天文部部長ですから、役柄的には良い組合せだと思っております。
 ちなみに、作中における美凪の父にあたるキャラは、「銀英伝」においてゼッフル粒子というのを発明した人です。下書きの段階では美凪の父は原作の「ヨハンネス」を使用していたのですが、推敲の段階で原作の名前はなるべく使わないという前例に従って急遽名前を変更しました。変えようと思った当初は誰の名前を使うかさえ決まっておらず、このサイトの人名録で名前を探していて、ふとこの人が適任じゃないかという感じで名前を決めました。
 あと、美汐も今回出そうと思っていましたが、容量が多くなって次回に持ち越しという感じです。香里や栞も次回にはランスに辿り着くと思いますので楽しみにしていて下さい。

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